[go: up one dir, main page]

コンテンツにスキップ

ヒダル神

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
妖怪かるた「つぢどうまへのたび人のしうねん」の絵札。旅人が行き倒れの末にひだる神と化した姿を描いたものとされる[1]

ヒダル神(ヒダルがみ、饑神)は、人間に空腹感をもたらす憑き物で、行逢神または餓鬼憑きの一種。主に西日本に伝わっている[2]北九州一帯ではダラシと呼ばれ、三重県宇治山田和歌山県日高高知県ではダリ徳島県那賀郡奈良県十津川地方ではダルなどと呼ばれる[3]

概要

[編集]

山道などを歩いている人間に空腹感をもたらす悪霊の類をいう。これに憑かれると、歩いている最中に突然にして激しい空腹感、飢餓感、疲労を覚え、手足が痺れたり体の自由を奪われたりし、その場から一歩も進めなくなり、ひどいときにはそのまま死んでしまうこともあるという[2]

これに憑かれるとされる場所は大抵決まっており、山道、峠、四辻、行き倒れのあった場所などが多い。土地によっては火葬場や磯でも憑かれるという[2][4]和歌山県では、熊野の大雲取小雲取(現・東牟婁郡新宮市那智勝浦町の間)という二つの山のあたりに餓鬼穴という深い穴があり、そこを覗くと必ずヒダル神に遭ったという[5]

三重県では人間のみならず、牛までヒダル神に憑かれたという[5]。また滋賀県甲賀市から伊賀(現・三重県西部)西山に続く御斎峠(おときとうげ)では、まだ朝もやの晴れない時刻に、ヒダル神が異様に腹の膨らんだ餓鬼の姿で現れ、旅人の前に腹を突き出して「茶漬けを食べたか」と尋ね、旅人が「食べた」と答えると襲いかかり、その腹を裂いてその中のわずかの飯粒を貪り食ったという[6]。そのためにかつては徳川家康も、本能寺の変の際にこの峠を通るのは命がけだったという[7]

ヒダル神に憑かれたときには、すぐに何かを食べ物を食べれば身動きできなくなることはないとされ、ヒダル神を防ぐためには前もって十分な量の食糧を持ち歩くと良いという。そのために弁当を持って山道を行く際には、その弁当を食べ尽さずに一口分は残すという心得が伝わっている。僅かの食べ物の持ち合わせもないときには、道端に生えている草を口にすればどうにか助かることができるといい、草すら無いときには掌に指で「米」と書いて舐めても良いという[4]。また土地によっては、食べ物を近くの藪に捨てる、身につけている衣類を後ろに投げるという方法も伝わっている[2][8]愛知県和歌山県では、木の葉でもいいから口に含むと助かるともいう[5]

淡路島・論鶴羽山の柴折地蔵(柴折様)

また高知県長崎県鹿児島県などでは「柴折様(しばおりさま)」と呼ばれる祠が峠や路傍に祀られており、ここに折った柴を供えて行くと、その場所を通る人はヒダル神を避けられるといわれている[9]

解釈

[編集]

ヒダル神は餓死者や変死者の霊と考えられており、人知れず死んだ者が祀られることなく周囲を彷徨う怨霊となり、自分が味わった苦しみを他人にも味わわせようとしているのだという。こうして憑かれて死んだ者は同様の怨霊となり、ヒダル神がどんどん増えてしまうという[4]。また、ヒダル神を山の神水神の仕業とする土地もある[2]

現代においても主に山間部で、稀にヒダル神に憑かれたという話が伝わっている。一説によると、急激な血糖値の低下や二酸化炭素中毒がヒダル神に憑かれたときと同じ状態をもたらすといい、植物の腐敗で発生する二酸化炭素[2]、または食事を摂らずに山中を長時間歩いたことによる低血糖状態をヒダル神の正体とする説もある[10]ハンガーノックも参照のこと。

その他

[編集]
  • ウルトラQ dark fantasy第25話「闇」において、テレビスタッフが霊にとり憑かれ、倒れた際、別のスタッフが冗談交じりで「ダリに憑かれたか」と口に出したのと同時に、ダリが「だるい」の語源になったことを説明している。
  • 「ひだるい」(饑い・干だるい)とは「ひもじい・空腹である」の意。
  • 西郷信綱は、『梁塵秘抄』(12世紀末)に記述される「歩き神」(402番の歌)とは、貧乏神死神・ヒダル神などに準じて考えてよいものとする[11]

脚注

[編集]
  1. ^ 多田克己 編『江戸妖怪かるた』国書刊行会、1998年、26頁。ISBN 978-4-336-04112-8 
  2. ^ a b c d e f 村上健司編著『妖怪事典』毎日新聞社、2000年、281頁。ISBN 978-4-620-31428-0 
  3. ^ 『妖怪事典』、215頁。 
  4. ^ a b c 多田克己『幻想世界の住人たち IV 日本編』新紀元社〈Truth in fantasy〉、1990年、67-68頁。ISBN 978-4-915146-44-2 
  5. ^ a b c 千葉幹夫『妖怪お化け雑学事典』講談社、1991年、197-198頁。ISBN 978-4-06-205172-9 
  6. ^ 千葉幹夫編『全国妖怪事典』小学館〈小学館ライブラリー〉、1995年、144頁。ISBN 978-4-09-460074-2 
  7. ^ 岩井宏實『暮しの中の妖怪たち』河出書房新社河出文庫〉、1990年、75-77頁。ISBN 978-4-309-47195-2 
  8. ^ 桜井徳太郎 編『民間信仰辞典』東京堂出版、1980年、244頁。ISBN 978-4-490-10137-9 
  9. ^ 岩井宏實監修『日本の妖怪百科 1 山の妖怪 絵と写真でもののけの世界をさぐる』河出書房新社、2000年、49頁。ISBN 978-4-309-61381-9 
  10. ^ 妖怪ドットコム『図説 妖怪辞典』幻冬舎コミックス、2008年、39頁。ISBN 978-4-344-81486-8 
  11. ^ 西郷信綱『梁塵秘抄』ちくま学芸文庫、2004年、55-56頁