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ヴォカリーズ (ラフマニノフ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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Rachmaninov: "Vocalise"
エルザ・ドライジグ英語版ソプラノ)とジョナサン・ウェア英語版ピアノ)による演奏、Warner Classics公式YouTube

セルゲイ・ラフマニノフの『ヴォカリーズ』(ロシア語: Вокализフランス語: Vocalise)作品34-14は、1915年に作曲・出版されたピアノ伴奏付きの歌曲。 歌詞のないヴォカリーズで歌われる旋律と、淡々と和音と対旋律とを奏でていくピアノの伴奏が印象的である。ロシア語の制約を受けないためもあって、ラフマニノフの数多ある歌曲の中でも、最もよく知られた曲となっている[注 1]。 また、作曲者自身による管弦楽版をはじめとしてさまざまな楽器のために編曲され広く演奏されており、調性についても原曲の嬰ハ短調のほか、ホ短調イ短調のものなどがある[注 2]

作曲の経緯

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13の歌曲集

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『ヴォカリーズ』の作曲に先立ち、まずピアノ伴奏付きの歌曲集である『13の歌曲集』作品34[注 3]1912年に完成し、1913年グートヘイリ社から出版されていた[2]。 この歌曲集はラフマニノフが1912年2月から文通を始めた若い女性の詩人マリエッタ・シャギニャン [注 4] に紹介された詩などにより[注 5]、 同年夏までにイヴァノフカロシア語版において作曲された[2][注 6]

13曲のうち10曲が当時の有名な歌手(4曲がバス歌手のフョードル・シャリアピン、5曲がテノール歌手のレオニード・ソビノフ、1曲がソプラノ歌手のF.V.リトヴィーン)に献呈されており[3]、残る3曲のうち1曲はシャギニャン、2曲は故人(作曲家ピョートル・チャイコフスキーと、1910年に急逝した女優ヴェラ・コミサルジェフスカヤ[注 7]に捧げられている。

『14の歌曲』作品34
No. タイトル 歌詞の作者  献呈
1 詩神(ミューズ)  A. プーシキン  M.S.シャギニャン
2 私達誰の心にも  A.コリンフスキー  F.I.シャリアピン
3 嵐  A.プーシキン  L.V.ソビノフ
4 そよ風  K.バリモント  L.V.ソビノフ
5 アリオン  A.プーシキン  L.V.ソビノフ
6 ラザロの復活  A.ホミャコーフ  シャリアピン
7 ありえない!  A.マイコフ  V.F.コミサルジェフスカヤ
8 音楽  Y.ポロンスキー  P.I.チャイコフスキー 
9 君は彼を知っていた  F.チュッチェフ  シャリアピン
10 その日を私は覚えている  F.チュッチェフ  L.V.ソビノフ
11 小作農奴[注 8] A.フェート  F.I.シャリアピン
12 何と言う幸せ  A.フェート  L.V.ソビノフ
13 不調和  Y.ポロンスキー F.V.リトヴィーン
14 ヴォカリーズ A.ネジダーノヴァ

ヴォカリーズ

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『ヴォカリーズ』は、作品34がいったん完成した後、その後続作品としてモスクワで作曲された。最も古い手書きの草稿には「1915年4月1日」の日付があり、この年に作曲されたものと考えられている[7][注 9]。 作品34は『ヴォカリーズ』が終曲として追加されたことにより『14の歌曲集』となった。

1916年2月6日(当時ロシアで用いられていたユリウス暦では1月24日)[注 10]にモスクワで行われた「クーセヴィツキー・コンサート」において、『ヴォカリーズ』はアントニーナ・ネジダーノヴァのソプラノ、作曲者のピアノ伴奏により初演され、成功を収めた[7]。なお、作品は初演者のネジダーノヴァに献呈されている。

初演が行われた後、ラフマニノフはフォン・ストルーヴェからの提案を受けて、『ヴォカリーズ』を管弦楽用に編曲した。これには、「ソプラノ独唱と管弦楽」による原調の版と、「管弦楽のみ」によるホ短調の版の2種類がある[7]。 その後、アルカディ・ドゥベンスキーロシア語版による「ソプラノと管弦楽」・「弦楽合奏」の2種の編曲、ヘンリー・ウッドによる管弦楽編曲などが行われ[7]、 現在ではピアノ伴奏による器楽ソロやピアノ独奏、果ては無伴奏サクソフォーンのものや[7]テルミンによるものまであり、およそ編曲対象になっていない楽器がないのではないかと思わせるほど[9]、多様な編曲が行われている。

楽曲について

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特徴

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ロシア音楽に共通の愁いを含んだ調べは、この作品においては、バロック音楽の特色である「紡ぎ出し動機」の手法によっており、短い動機の畳み掛けによって息の長い旋律が導き出されている。鍵盤楽器による伴奏が、もっぱら和音の連打に徹しながら、時おり対旋律を奏でて、瞬間的なポリフォニーをつくり出しているのも、初期バロックのモノディ様式を思わせる。旋律の紡ぎ出し部分は、ラフマニノフが愛したグレゴリオ聖歌怒りの日》の歌い出し部分の借用にほかならない。また、拍子の変更こそ散見されるものの、(ロシア五人組の特徴である)不協和音旋法の多用を斥けて、古典的な明晰な調性感によっている。西欧的な手法や素材を用いながらも民族的な表現を可能たらしめているところに、ラフマニノフの面目躍如を見て取ることが出来る。

音域

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ヴァイオリン用に短三度高いホ短調に移調された『ヴォカリーズ』の冒頭部分。歌曲の原調は嬰ハ短調である。

原調は嬰ハ短調であり、出版譜では、ソプラノ又はテノールのためと明記されているものの、実際にはたいていリリック・ソプラノによって歌われ、テノール歌手が取り上げることはほとんどない。また最近では稀にボーイソプラノカウンターテナーによっても上演・録音されている。高音は三点嬰ハ音にまで達するが、二点で止まる別の案も作曲者によって提案されており、楽譜上には両方が書かれている。他の歌曲やオペラ・アリアと同様、現代では大抵高い方の旋律が歌われる。

編曲の数々

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音楽・音声外部リンク
全曲を試聴する
Rachmaninoff:Vocalise Op.34, No.14《Vn&P》 - 伊藤光湖(Vn)、浅井智子(P)による演奏。当該Vn独奏者自身の公式YouTube。
Rachmaninov Vocalise《Vc&P》 - Luka Sulic(Vc)、Mia Miljkovic(P)による演奏。当該Vc独奏者自身の公式YouTube。
Rachmaninoff Vocalise, Op.34, No.14《管弦楽》 - Henryk Wierzchoń指揮Symphony Orchestra of the Arthur Rubinstein Music School in Bydgoszczによる演奏。Akademia Filmu i Telewizji(映像制作者)公式YouTube。

ラフマニノフの『ヴォカリーズ』は作曲者の生前から非常に人気が高く、さまざまな形に編曲されてきた。

脚注

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注釈

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  1. ^ ラフマニノフの全作品の中でも『ピアノ協奏曲第2番』と並んで有名である[1]
  2. ^ 1947年ブージー・アンド・ホークス社から出版された単独のピアノ伴奏歌曲の楽譜は、原調から長3度下げたイ短調で書かれており、これは声域的に厳しいメゾ・ソプラノバリトン歌手への配慮と考えられる[1]
  3. ^ または『13のロマンス』。
  4. ^ 当時シャギニャンは23歳[3] 。文通は、シャギニャンが本名を伏せ「レ」(音名のRe)という名義で出したファンレターから始まった[1]
  5. ^ ラフマニノフはシャギニャンに「幸せなものよりは、悲しい詩」を紹介してくれるように依頼した[1]。これに応え、シャギニャンは『現代ロシア詩人名詩選集』を郵送したが、ラフマニノフは気に入らず、むしろ選集に添えてあった手書きノートにあったプーシキンの叙事詩『詩神』『アリオン』『嵐』やポロンスキーの『音楽』などを気に入った[4]
  6. ^ なお、第7曲については1910年3月に書かれていたものを、1912年6月に改訂したものである[5]
  7. ^ コミサルジェフスカヤの死に衝撃を受けたラフマニノフは1911年2月に行われた追悼コンサートで、2台のピアノのための『組曲第2番』作品17をアレクサンドル・ジロティと演奏している>[5]
  8. ^ 英語版では「聖なる旗を腕に掲げて」というタイトルに変わる[6]
  9. ^ 最古の草稿は、モスクワのネジダーノヴァ古文書館に収蔵されている[7]。井上和男による『名曲解説全集』では、1912年4月に作曲され1915年9月21日に改訂されたとある[8]
  10. ^ 濱田滋郎の解説では「1月25日」となっている[1]

出典

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  1. ^ a b c d e 濱田滋郎(解説)『ヴォカリーズ』日本楽譜出版社、ISBN 978-4-86060-297-0、解説文
  2. ^ a b マックス・ハリソン 森松皓子訳『ラフマニノフ-生涯、作品、録音』音楽之友社、2016年5月31日、ISBN 978-4-276-22622-7、170頁
  3. ^ a b 森田稔(『14の歌曲集』項目執筆)『最新名曲解説全集-第24巻-声楽曲IV』音楽之友社、1981年6月1日、ISBN 4-276-01024-1、25頁
  4. ^ ニコライ・ダニロヴィチ・バジャーノフ 小林久枝訳『ラフマニノフ-限りなき愛と情熱の生涯』音楽之友社、1975年6月10日、295頁
  5. ^ a b ハリソン、前掲書172頁
  6. ^ ハリソン、前掲書(作品表)23頁
  7. ^ a b c d e f ハリソン、前掲書174頁
  8. ^ 井上和男(『ヴォカリーズ』項目執筆)『最新名曲解説全集-第24巻-声楽曲IV』音楽之友社、1981年6月1日、ISBN 4-276-01024-1、26頁
  9. ^ 木下淳(ラフマニノフの項執筆)『クラシックCD異稿・編曲のよろこび』青弓社、2007年9月25日、ISBN 978-4-7872-7234-8、170頁

参考資料

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  • 2010年3月26日第5回ロシア音楽研究会「ラフマニノフの世界」配布解説(一柳富美子執筆)

外部リンク

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