好色一代男
『好色一代男』(こうしょくいちだいおとこ)は、江戸時代前期、1682年(天和2年)に刊行された日本の文芸作品。井原西鶴の処女作であり、浮世草子の嚆矢とされる[1]。享楽的な上方の大町人の家に生まれた男・「世之介」こと浮世之介が、7歳にして恋を知り、幾多の恋愛経験を経て、浮世の好色を尽くしたあと、60歳におよんで女護ヶ島に舟出するまでの54年間の生涯を描いた一代記[1]。当時、仏教思想や儒教道徳から罪悪視されていた愛欲を、町人らしい生きた思想や感情で肯定的に描いた画期的作品と位置づけられる[2]。
構成および主人公の設定は、『源氏物語』[3]や『色道大鏡』からの影響を受けている。
あらすじ
[編集]あらすじは『新版近世文学研究事典』に拠る[4]。世之介の7歳から60歳に至る54年間を、1年1章ずつの形で表している[3]。巻5以降は、実在の遊女の列伝的な体裁を取る[3]。
- 巻1
- 京都の裕福な町人と高名な遊女の間に生まれた世之介は、7歳で侍女に戯れかけ、8歳で年上の従姉に恋文を送り、9歳には女の行水をのぞき見し、10歳で美少年を口説く。11歳で伏見の遊里で見出した浪人の娘を親元へ帰し、12歳で風呂屋の湯女、13歳で茶屋女と契る。
- 巻2
- 14歳で仁王堂の飛子と戯れ、15歳で京都の後家と契り、子どもができると逃げる。16歳で人妻に恋慕して手傷を負い、17歳で木辻の遊里に遊ぶ。18歳、若狭・若松に馴染み、うどん屋を開くが落魄。19歳、色好みを理由に勘当されて出家するが、長続きせず、20歳で大坂に戻って裏長屋の娘と結婚する。
- 世之介が15歳のときに生ませた子どもの世伝として、西鶴はのちに『諸艶大鑑(好色二代男)』を上梓している。
- 巻3
- 21歳で謡うたいとなって富豪楽阿弥に拾われ、22歳で九州に下り、23歳で大坂の蓮葉女にうつつを抜かす。24歳で大原の女と契り、25歳で佐渡に向かう途中の寺泊の遊女に戯れる。26歳で坂田へ出て、27歳で塩竃へ行き、舞姫を口説くが、その夫に片小鬢を剃られる。
- 巻4
- 28歳、信州追分で咎められて入牢。隣の牢の女と恋仲となる。29歳、女を連れて逃げる途中、女の親族と争って失神。女は死亡。30歳、かつての念友の家に泊まるが、女達の怨念に苦しめられる。31歳で奥女中の慰み相手となり、32歳で京都に上って色遊びを楽しみ、33歳で島原に行くが太鼓女郎にまで振られる。34歳、泉州佐野で船遊びの途中で遭難。父の死によって遺産を継ぎ、大々尽となる。
- 巻5
- 35歳、吉野太夫を妻とする。36歳で大津芝居を見学し、37歳で室津の遊女に心惹かれ、38歳で滝井山三郎と僧侶との恋を取り持ち、39歳で堺袋町、40歳で安芸宮島の遊里を見学。41歳、旧友と楽しみのない一夜を過ごす。
- 巻6
- 42歳、三笠と馴染む。43歳、夕霧と忍ぶ。44歳、藤波の一途な思いを知る。45歳には遊女の裏面を知り、46歳には初音の座配に感心し、47歳には吉田にやり込められる。48歳、2人の男を鮮やかにもてなす野秋に感心する。
- 巻7
- 49歳、高橋を愛し、50歳には京都中の末社を集めて豪遊。51歳、料簡の悪い遊女を懲らしめ、52歳で高尾太夫と忍び、53歳で和州と親しくなり、54歳で吾妻と契る。55歳の菊の節句には新町・島原と遊ぶ。
- 巻8
- 56歳、岩清水への厄神参りの夜宮に趣向を凝らし、57歳、小柴に逢う仕立物屋十蔵に同道、58歳で新町から島原へ移った吉崎の水揚を引受け、59歳には丸山で豪遊。60歳、ついに女護ヶ島へ船出する。
書誌
[編集]1682年(天和2年)、大坂の荒砥屋可心から大本8巻8冊で刊行された[4]。版下は水田西吟、挿絵は西鶴筆とされる。各巻7章(8巻のみ5章)、各章本文2丁半、挿絵半丁という整った形式を持っている[4]。この初刊本を上下裁断の上合本したものが国文学研究資料館に残る[1]。上方ではこれを含め3種の版があり、また江戸版も3種が出版された[3]。江戸版では菱川師宣が挿絵を手掛け、またこれと別に師宣の手になる絵本版も流通した[3]。
現代では、校注付きの原文翻刻が多数出版されている。
以下、多くの現代語訳がある。
- 里見弴訳
- 暉峻康隆ほか訳
- 後藤興善訳
-
- 現代語完訳 西鶴傑作集 1 好色一代男(星光書院 1948年)
- 麻生磯次訳
外国語訳
[編集]- 1959年にRichard Laneが論文Saikaku and Boccaccio の中に断片訳を掲載[5]
- 1964年にKengi Hamada がThe life of an amorous manのタイトルでTuttleより刊(全訳ではない)[5]
評価
[編集]中嶋隆は、『好色一代男』が随所で古典をパロディ化している点に注目し、「主人公・世之介の好色遍歴は、俗世界を活動舞台にしていても、好色世界(俗)に堂上世界(雅)が重ね合わされて、そこに俳諧的笑いが生じる」と述べ、本作品を俳文と位置づけている[6]。
関連作品
[編集]映画
[編集]好色一代男 | |
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監督 | 増村保造 |
脚本 | 白坂依志夫 |
原作 | 井原西鶴 |
製作 | 永田雅一 |
出演者 |
市川雷蔵 若尾文子 中村玉緒 |
音楽 | 塚原哲夫 |
撮影 | 村井博 |
編集 | 菅沼完二 |
製作会社 | 大映京都撮影所 |
配給 | 大映 |
公開 | 1961年3月21日 |
上映時間 | 92分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
映画『好色一代男』(こうしょくいちだいおとこ)は、1961年(昭和36年)3月21日に公開された日本映画。カラー、シネマスコープ(2.35:1)、92分。製作・配給:大映。監督:増村保造。主演:市川雷蔵。
出演(映画)
[編集]順は本作冒頭のクレジットタイトルに、役名は国立映画アーカイブ[8]に基づく。
スタッフ(映画)
[編集]主要なスタッフのみ記す。監督を除く順および職掌はクレジットタイトルに基づく。
- 監督:増村保造
外部リンク(映画)
[編集]テレビドラマ
[編集]好色一代男 世之介の愛して愛して物語 | |
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ジャンル | テレビドラマ |
原作 | 井原西鶴 |
脚本 | 吉田剛 |
演出 | 久野浩平 |
出演者 | 明石家さんま |
製作 | |
プロデューサー |
武敬子(テレパック) 望月彰人 |
制作 | TBS |
放送 | |
放送国・地域 | 日本 |
放送期間 | 1986年1月1日 |
放送時間 | 21:02 - 22:54 |
『好色一代男 世之介の愛して愛して物語』(こうしょくいちだいおとこ よのすけのあいしてあいしてものがたり)は、TBS系列で1986年1月1日(21:02 - 22:54)に放送された特別番組のテレビドラマである。
出演(テレビドラマ)
[編集]- 但馬屋世之介:明石家さんま
- 千崎弥五郎:近藤正臣
- 美与:倍賞美津子
- 新町・夕霧太夫:美保純
- 阿波の藍大尽:佐藤B作
- 吉原・高尾太夫:高倉美貴
- 墓掘り男:蟹江敬三
- 島原・吉野太夫:市毛良枝
- 夜鷹のお紺:山田邦子
- 大星由良助:谷啓
- 海女のおたこ:石井富子
- 尾州の伝七大尽:斉藤洋介
- 小刀鍛治の金平:角野卓造
- 世之介の父:内田朝雄
- 世之介の母:山岡久乃
スタッフ(テレビドラマ)
[編集]その他
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c 宮本祐規子 (2020年2月6日). “国文研 千年の旅 『好色一代男』”. 古典に親しむ. 国文学研究資料館. 2023年11月10日閲覧。
- ^ 大久保忠国・興津要・小池正胤編『西鶴作品編』おうふう、1969年4月、17頁。
- ^ a b c d e 『好色一代男』 - コトバンク
- ^ a b c 岡本勝・雲英末雄編『新版近世文学研究事典』おうふう、2006年6月、42-45頁。
- ^ a b 天野敬太郎「井原西鶴作品の外国語訳について」『国文学』第41巻、関西大学国文学会、1967年3月、71-96頁、ISSN 03898628、NAID 120005685986。
- ^ 中嶋隆編『21世紀日本文学ガイドブック4 井原西鶴』ひつじ書房、2012年5月、2-45頁。
- ^ 好色一代男 - 文化庁日本映画情報システム
- ^ 好色一代男 - 国立映画アーカイブ
- ^ 好色一代男 - KINENOTE
- ^ “少年社中「贋作・好色一代男」がマンガ化、矢崎広&毛利亘宏のインタビューも”. ステージナタリー. (2016年9月27日) 2016年9月29日閲覧。
外部リンク
[編集]- 「好色一代男」の検索結果 - 早稲田大学古典籍総合データベース