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大倉敬一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大倉 敬一(おおくら けいいち、1927年3月25日 - 2016年8月15日)は、日本実業家月桂冠株式会社代表取締役会長。13代目当主。

来歴

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1927年昭和2年)3月25日、月桂冠創業家の大倉家12代目・治一の長男として、京都府京都市伏見区紀伊郡伏見町)で生まれる[1]

1952年(昭和27年)3月、同志社大学大学院経済学研究科修了後、同年4月に第一銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)入行。のち退行し、1956年(昭和31年)、大倉酒造(現・月桂冠)株式会社に入社。1978年(昭和53年)、同代表取締役社長に就任。その後、1997年平成9年)に会長、2008年(平成20年)に相談役を歴任した。

人物

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社長在任時には、四季醸造(日本最初の四季醸造システムを備えた1961年(昭和36年)竣工の酒蔵「大手蔵」)による、高品質の日本酒を安定的に造る体制を基に、吟醸酒などの高級酒の商品化や、パック詰めの商品を発売するなど、市場ニーズの多様化への対応に取り組んだ。1984年(昭和59年)には、常温流通タイプの生酒を業界で初めて商品化した。

また京都・伏見の酒造業界のけん引役だっただけでなく、1998年(平成10年)から京都市観光協会の副会長、2008年(平成20年)から京都伝統伎芸振興財団(京都市)の理事長を務めるなど、京都の花街といった伝統文化の振興にも力を注いだ[2]

2010年(平成22年)10月、日本経済新聞に「私の履歴書」を連載した。

家族・親族

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奈良堀内吉郎の長女。樟蔭高等女学校[4]

略歴

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  • 1952年3月 - 同志社大学大学院経済学研究科修了
  • 1952年4月 - 第一銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)入行
  • 1956年11月 - 大倉酒造(現・月桂冠)株式会社入社
  • 1962年3月 - 同代表取締役専務 
  • 1970年6月 - 同代表取締役副社長 
  • 1978年6月 - 同代表取締役社長 
  • 1997年6月 - 同代表取締役会長 
  • 2008年6月 - 同取締役相談役 

公職等

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  • 日本酒造組合中央会副会長
  • 日本酒造組合中央会会長
  • 京都市食品衛生協会会長
  • 京都府交通安全協会会長
  • 国民公園協会副会長、同京都御苑会長
  • 京都市観光協会副会長
  • 京都市まちの美化推進事業団理事長
  • 日本食品衛生協会副会長
  • 京都伝統伎芸振興財団理事長

叙位叙勲

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脚注

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  1. ^ 月桂冠株式会社 取締役相談役 大倉 敬一「お別れの会」の開催|企業情報|月桂冠 ホームページ”. www.gekkeikan.co.jp. 2021年3月16日閲覧。
  2. ^ 「清酒を世界に広めた」 大倉敬一氏死去 地元京都、惜しむ声”. 日本経済新聞 (2016年8月18日). 2021年3月16日閲覧。
  3. ^ 大倉喜子さん(月桂冠・大倉治彦社長の祖母、大倉敬一会長の母)24日死去 - 日本食糧新聞電子版”. 2021年3月16日閲覧。
  4. ^ 人事興信録. 第15版 上 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2021年3月16日閲覧。
  5. ^ 『官報』号外235号、平成13年11月5日
  6. ^ 『官報』6868号、平成28年9月29日
先代
大倉弘
大倉酒造社長→月桂冠社長
1978年 - 1997年
次代
大倉治彦