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ホセ・メサ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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ホセ・メサ
José Mesa
フィラデルフィア・フィリーズ時代
(2007年)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 アスア州
生年月日 (1966-05-22) 1966年5月22日(58歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
235 lb =約106.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1981年
初出場 1987年9月10日
最終出場 2007年9月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ホセ・ラモン・ノヴァ・メサJosé Ramón Nova Mesa1966年5月22日 - )は、ドミニカ共和国アスア州出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

経歴

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1981年、15歳の時に外野手としてトロント・ブルージェイズと契約。その後、投手に転向。1987年9月4日にボルチモア・オリオールズトレードされ、同年9月4日にメジャーデビュー。1992年7月14日にマイナーリーガーとのトレードでクリーブランド・インディアンスへ移籍。

デビューから7年目までは先発投手を務めていたが防御率が悪く、1994年に救援に転向し、1995年からはクローザーとして46セーブを挙げ、最多セーブのタイトルを獲得。サイ・ヤング賞の投票ではランディ・ジョンソンに次ぐ2位に入った[1]。シーズン初セーブとなった5月5日から8月23日にかけてメジャー新記録となる38回連続セーブ成功を記録し[2]オールスターに初めて選出された。

クローザーとして1995年、1997年にチームのワールドシリーズ進出に貢献するが、世界一の経験はなく、1997年のワールドシリーズには第7戦では9回に1失点を喫して同点に追いつかれ、チームは延長11回に敗れた[3]。その後、1998年7月23日にサンフランシスコ・ジャイアンツに移籍し、シーズン終了後には2年契約でシアトル・マリナーズへ移籍した[2]

マリナーズとの2年契約を満了し、2000年11月17日にフィラデルフィア・フィリーズと2年総額340万ドルの契約で移籍[2]2001年は42セーブと6年ぶりにシーズン40セーブを記録し、2002年ミッチ・ウィリアムスのシーズン43セーブの球団を更新する45セーブを記録[4]

2003年は5月23日にフィリーズで通算100セーブを達成し、インディアンス在籍時に104セーブを記録しており、史上10人目となる2球団で100セーブを達成[2]。24セーブを記録したが、防御率は自己ワーストの6.52で登板すれば打たれる状態が続いた[5]

2004年5月29日

2004年1月30日にクローザー不在のピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約で契約を結び、キャンプでは招待選手として参加[5]。結果を残し、開幕からクローザーとして起用され、18試合連続セーブをマークし、シーズントータルで42セーブを記録。2005年は4月27日に史上19人目となる通算300セーブを達成[2]。4月こそ絶好調だったものの、セーブ成功率が80%を切るなど、シーズン通して不安定であった。シーズン終盤には、サロモン・トーレスマイク・ゴンザレスと併用された。

2006年コロラド・ロッキーズでセットアッパーとして自己最多の79試合に登板。

2007年デトロイト・タイガースでプレイしたが、16試合に登板し、防御率12.34の成績で、6月3日に解雇された。6月9日にフィリーズと契約。7月26日には通算1000登板を達成[6]。シーズンでは2チーム併せて56試合に登板したが防御率7.11(フィラデルフィアでは40試合に登板して防御率5.54)と力の衰えは隠せず、このシーズンをもって現役を引退した。

エピソード 

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クリーブランド時代の同僚で当時のレギュラー遊撃手だったオマー・ビスケルとの仲が非常に悪いことで知られる。

1997年、当時クリーブランドのクローザーだったメサは ワールドシリーズのゲーム7で1点リードの9回に登板したものの同点に追い付かれてセーブを失敗した。チームは延長11回にサヨナラ負けを喫して結果的にワールドシリーズ制覇を成し遂げられなかった。
このシリーズのメサは7試合中、5試合に登板して無失点だったのは2度、計5イニングで被安打10、失点3、挙げたセーブは1つのみとクローザーらしい働きが殆ど出来なかった。このことについてビスケルは自伝で(自身もこのシリーズでは5盗塁こそしたものの全試合に出場しながら打率.233、1打点と振るわなかったにもかかわらず)批判的な論調で記述した。
これを知ったメサが「10回会ったら10回ともぶつけてやる」などと物騒な発言を繰り返した挙句、親友だったビスケルと絶交宣言をするなど二人の間は一気に険悪になった。

その後、移籍などで二人の対戦は無かったが、2006年4月にメサの所属するコロラド・ロッキーズとビスケルの所属するジャイアンツの対戦が実現した。
この対戦でメサは宣言通りビスケルに頭部死球を与えた。

尚、メサ、ビスケル両名ともに97年以後10年以上現役を続けたが、一度もワールドチャンピオンを経験することなく引退している。

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
1987 BAL 6 5 0 0 0 1 3 0 -- .250 143 31.1 38 7 15 0 0 17 4 0 23 21 6.03 1.69
1990 7 7 0 0 0 3 2 0 -- .600 202 46.2 37 2 27 2 1 24 1 1 20 20 3.86 1.37
1991 23 23 2 1 1 6 11 0 -- .353 566 123.2 151 11 62 2 3 64 3 0 86 82 5.97 1.72
1992 13 12 0 0 0 3 8 0 -- .273 300 67.2 77 9 27 1 2 22 2 0 41 39 5.19 1.54
CLE 15 15 1 1 0 4 4 0 -- .500 400 93.0 92 5 43 0 2 40 0 0 45 43 4.16 1.45
'92計 28 27 1 1 0 7 12 0 -- .368 700 160.2 169 14 70 1 4 62 2 0 86 82 4.59 1.49
1993 34 33 3 0 0 10 12 0 -- .455 897 208.2 232 21 62 2 7 118 8 2 122 114 4.92 1.41
1994 51 0 0 0 0 7 5 2 -- .583 315 73.0 71 3 26 7 3 63 3 0 33 31 3.82 1.33
1995 62 0 0 0 0 3 0 46 -- 1.000 250 64.0 49 3 17 2 0 58 5 0 9 8 1.13 1.03
1996 69 0 0 0 0 2 7 39 -- .222 304 72.1 69 6 28 4 3 64 4 0 32 30 3.73 1.34
1997 66 0 0 0 0 4 4 16 -- .500 356 82.1 83 7 28 3 3 69 1 0 28 22 2.40 1.35
1998 44 0 0 0 0 3 4 1 -- .429 244 54.0 61 7 20 3 4 35 2 0 36 31 5.17 1.50
SF 32 0 0 0 0 5 3 0 -- .625 139 30.2 30 1 18 2 0 28 8 0 14 12 3.52 1.57
'98計 76 0 0 0 0 8 7 1 -- .533 383 84.2 91 8 38 5 4 63 10 0 50 43 4.57 1.52
1999 SEA 68 0 0 0 0 3 6 33 1 .333 325 68.2 84 11 40 4 4 42 7 0 42 38 4.98 1.81
2000 66 0 0 0 0 4 6 1 11 .400 372 80.2 89 11 41 0 5 84 3 0 48 48 5.36 1.61
2001 PHI 71 0 0 0 0 3 3 42 1 .500 291 69.1 65 4 20 2 2 59 2 1 26 18 2.34 1.23
2002 74 0 0 0 0 4 6 45 0 .400 331 75.2 65 5 39 7 4 64 9 0 26 25 2.97 1.37
2003 61 0 0 0 0 5 7 24 2 .417 273 58.0 71 7 31 2 1 45 3 0 44 42 6.52 1.76
2004 PIT 70 0 0 0 0 5 2 43 0 .714 295 69.1 78 6 20 3 1 37 1 0 26 25 3.25 1.41
2005 55 0 0 0 0 2 8 27 1 .200 257 56.2 61 7 26 3 3 37 2 0 30 30 4.76 1.54
2006 COL 79 0 0 0 0 1 5 1 19 .167 315 72.1 73 9 36 6 5 39 4 1 32 31 3.86 1.51
2007 DET 16 0 0 0 0 1 1 0 3 .500 59 11.2 19 3 6 0 0 9 0 0 16 16 12.34 2.14
PHI 40 0 0 0 0 1 2 1 4 .333 170 39.0 34 6 19 2 2 20 3 0 32 24 5.54 1.36
'07計 56 0 0 0 0 2 3 1 7 .400 229 50.2 53 9 25 2 2 29 3 0 48 40 7.11 1.54
MLB:19年 1022 95 6 2 1 80 109 321 *42 .423 6804 1548.2 1629 151 651 57 55 1038 75 5 811 750 4.36 1.47
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 「-」は記録なし
  • 通算成績の「*数字」は不明年度があることを示す

年度別守備成績

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投手(P)












1987 BAL 6 1 1 0 0 1.000
1990 7 3 5 1 1 .889
1991 23 17 17 0 0 1.000
1992 13 8 9 1 0 .944
CLE 15 4 12 1 0 .941
'92計 28 12 21 2 0 .943
1993 34 15 29 3 0 .936
1994 51 3 11 2 0 .875
1995 62 6 10 1 0 .941
1996 69 5 3 1 1 .889
1997 66 5 7 1 2 .923
1998 44 4 10 1 1 .933
SF 32 1 1 1 0 .667
'98計 76 5 11 2 1 .889
1999 SEA 68 11 7 1 2 .947
2000 66 7 8 0 0 1.000
2001 PHI 71 4 9 0 0 1.000
2002 74 4 16 0 0 1.000
2003 61 4 2 1 0 .857
2004 PIT 70 4 11 0 1 1.000
2005 55 2 13 1 1 .938
2006 COL 79 2 11 1 2 .929
2007 DET 16 0 1 0 0 1.000
PHI 40 2 4 0 0 1.000
'07計 56 2 5 0 0 1.000
MLB 1022 112 197 17 11 .948

タイトル

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表彰 

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脚注

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  1. ^ Baseball Awards Voting for 1995” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年11月21日閲覧。
  2. ^ a b c d e Jose Mesa from the Chronology” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年11月21日閲覧。
  3. ^ October 26, 1997 World Series Game 7 at Dolphin Stadium Box Score and Play by Play” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年11月21日閲覧。
  4. ^ Philadelphia Phillies Pitching Leaders” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年11月21日閲覧。
  5. ^ a b 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』廣済堂出版、2005年、353頁頁。ISBN 978-4-331-51093-3 
  6. ^ Jose Mesa 2007 Pitching Gamelogs” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年11月21日閲覧。

外部リンク

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