研究内容
専門は非線形均衡動学や複雑系経済学と呼ばれる分野で、ロチェスター大学の大学院で博士論文を書いて、1979年にこの分野の先駆的な論文を発表して以来、一貫してマクロ経済モデルにおける経済成長経路の動学分析、特に景気変動を説明する理論を研究してきました。閉鎖経済で得られた分析を、国際貿易モデルでの景気変動の国際連関の分析に拡張もしています。1980年年代には、連続時間モデルでのリミットサイクルの存在や離散モデルでの揺らぎの条件を分析し、Journal of Economic Theoryに発表する。1990年代に入り、最適成長モデルにおいて、カオスが生じる十分条件を詳細に分析し、Journal of Economic TheoryとEconometricaに発表した。2000年前後から、二部門マクロ均衡モデルにおいて、生産技術の外部性が存在する場合に均衡が不決定になる条件を、部門間の要素集約度の違いで説明し、Journal of Economic TheoryとEconometricaに発表してきました。2000年以降は、国際貿易を組み入れたモデルや労働を人的資本に置き換えた内生的成長モデルで、カオスや均衡の不決定性などの動学的均衡の分析をしてきた。また、2000年以降は、人的資本の実証研究としての教育の経済学も研究をはじめ、学校教育と家庭教育に関する論文を書くとともに、教育委員や教育委員会顧問などを務め、研究の社会実装にも努めている。
主要成果
“The Hopf Bifurcation and the Existence and the Stability of Closed Orbits in Multi-Sector Models of Economic Growth,” (with Jess Benhabib), Journal of Economic Theory, vol.21, pp.421-444, 1979
連続時間の最適成長モデルにおいては、資本財が一種類の場合は、最適解が、決してサイクルとなることがないことが知られているため、1978年当時には、一般に、連続時間モデル最適解がサイクルになり得るかは未解決の問題であった。この論文は、資本財が二種類以上あるコブ・ダグラス生産関数から成る三部門経済モデルに、リミットサイクルが存在することを証明して、この問題に決着をつけた。この論文は、定常解が鞍点から完全不安定に変わるときに、リミットサイクルが分岐するということを用いている。非線形経済動学の分野の最重要な先駆的論文として位置づけられている。
“A Complete Characterization of Optimal Growth Paths in an Aggregative Model with a Non-Concave Production Function,” (with Davis Dechert), Journal of Economic Theory, vol.31, pp.332-354, 1983
離散時間の最適成長モデルで、生産関数が収穫遁増部分を含むS字型をしている場合の最適解のふるまいを分析している。この論文では、資本ストックには、ある臨界点が存在し、それより大きい初期資本ストックからは正の定常解に収束し、それより低い初期資本ストックからは資本を食い尽くして0に収束するのが最適となることを証明した。生産関数が凹関数でないため、オイラー方程式と横断性条件が最適性を保証しないので、新しい方法で最適解のふるまいを分析する必要があった。結局、最適解のふるまいを完全に分析することに成功したこの論文で用いた手法は、その後の非線形経済動学の発展に大きく貢献した。先駆的論文として、多くの論文に引用されている。
“Competitive Equilibrium Cycles,” (with Jess Benhabib), Journal of Economic Theory, vol.35, pp.284-306, 1985
この論文は、離散時間の最適モデルの解が単調な経路になるか、振動する経路になるかは、効用関数 の交差微分の符号で決定されることを証明した。交差微分の符号は、効用関数が線形の二部門モデルの場合は、部門間の要素集約度の大小関係のみによって決まる。カオスなどの複雑現象の生じる状況を、経済的意味付けが可能な論文で、上掲1、2の論文と共に、非線形経済動学の先駆的最重要論文として評価されている。
“Non-linear Dynamics and Chaos in Optimal Growth: An Example,” (with Makoto Yano)、 Econometrica 63, pp.981-1001, 1995
この論文は、それぞれの部門の生産関数がレオンチェフ関数である二部門無限期間モデルの例で、最適解がカオスになる十分条件を求めたものである。よく知られている効用関数と生産関数の例を用いて、最適解がカオスであることを証明したのは、この論文が最初である。この論文では、割引因子がどれだけ1に近くとも、他のパラメーターを変えることで、最適解がカオスとなり得ることを証明している。
“On the Least Upper Bound of Discount Factors that are Compatible with Optimal Period-Three Cycles,” (with Makoto Yano), Journal of Economic Theory 69, pp.306-333, 1996
“Period Three implies Chaos”というLiとYorkeによる論文が有名であることから、カオスとの関連では、周期3の解が注目されている。この論文は、最適成長モデルにおいて、最適解が周期3の周期解になる場合に、割引因子の上限は、 となるということを証明している。上掲論文4では、任意の割引因子について、最適解がカオスとなり得ることを示したが、この論文は、特定の周期の周期解の存在を仮定すると、割引因子の値は限定されることを証明した重要な論文である。
“Indeterminacy and Sunspots with Constant Returns,” (with Jess Benhabib), Journal of Economic Theory 81, pp.58-96, 1998
無限期間の動学モデルに、経済主体の期待や外部性を導入し、同じ初期点からの均衡経路が無数に存在するという意味の、均衡の不決定性が注目を浴びていた。それまで、均衡の不決定性には、生産関数が収穫逓増であることが仮定されていた。この論文は、二部門モデルでは、収穫一定の生産関数の下でも、外部性がある場合には、部門間の資本集約度に関するある種の条件の下で、均衡が不決定となることを証明し、その後の不決定性の研究の方向に大きな影響を与えた。
“Indeterminacy Under Constant Returns to Scale in Multisector Economies,” (with Jess Benhabib and Qinglai Meng), Econometrica 68, pp.1541-48, 2000
1980年代後半からLucasとRomerによる内生的成長理論が脚光を浴びてきた。このモデルは、1965年の宇沢モデルを発展させたものといえる。西村教授による、Benhabib、Mengとの共同論文は、生産関数に収穫逓増を仮定せずに、内生的成長モデルの均衡成長経路の不決定性を証明している。その条件は、資本集約度を用いて表されている。上掲6の論文と並んで、不決定性に関する最重要論文として評価されている。
“Trade and Indeterminacy in a Dynamic General Equilibrium Model,” (with Koji Shimomura), Journal of Economic Theory 105, pp.244-259, 2002
無限期間にわたる効用を最大化する二国の国際貿易モデルで、動学的均衡経路の分析をしたものである。それぞれの国の産業が二部門から成り、生産関数が外部性を持つとき、資本集約度に関するある種の条件の下で、均衡が不決定となることを証明している。国際貿易の二国動学モデルで均衡の不決定性を証明した最初の論文として位置づけられている。
“Stability of Stochastic Optimal Growth Models: a New Approach,” (with John Stachurski), Journal of Economic Theory, Vol.22, pp.100-118, 2005
この論文は、不確実性下の最適成長モデルにおいて、一人当たりの所得分布が、一意的な定常分布に収束することを証明する。従来の方法に比べて、大幅に簡単な証明を与えるとともに、これまでの文献でなされていた生産関数の凹性、生産性ショックの分布の有界性、0における稲田条件などの仮定を弱めることに成功した。不確実性の下の最適問題においては、ブレイク・スルーとなった論文とされている。
“Kazuo Nishimura and Tadashi Yagi (2019), “Happiness and Self-Determination – An Empirical Study in Japan””, Review of Behavioral Economics: Vol. 6: No. 4, pp 385-419
http://dx.doi.org/10.1561/105.00000113
国連の世界幸福度報告書によると、日本の幸福度はあまり高くなく、「人生の選択の自由」も低い傾向にある。1970年代以降、幸福感を研究する上で、「幸福感は必ずしも所得水準と相関しない」ということが重要なテーマのひとつとなっている。我々は、日本人2万人を対象に、アンケートで様々な質問を行い、所得、学歴、健康、人間関係、自己決定などを説明変数として、分析を行った。その結果、幸福感を決定する要因として、「健康」「人間関係」に次いで、「自己決定」が「収入」「学歴」よりも強い影響力を持っていることが分かった。人生選択の自由度が低いとされる日本社会において、自己決定力の高い人の幸福度が高いことは注目に値する。
“Japan’s R&D capabilities have been decimated by reduced class hours for science and math subjects,” (with Dai Miyamoto and Tadashi Yagi) Humanities & Social Sciences
本研究では、2016年、2020年の2度に渡る調査データを活用することで、過去50年間に渡る理数科目の授業時間数の変化の推移が研究開発者になって以降の研究開発活動に影響を及ぼしているか否かの検討を行った。具体的には、約10年ごとに変更された中学時代における理数科目の授業時間数と、研究開発者になってからの特許出願数、特許更新数、そして学会等での発表数、学術雑誌等への掲載論文数などの研究開発アウトプットとの関係を分析した。前調査の結果と今回の調査結果を比較すると、世代間の特許数の差には、年齢の違いでは説明できない変化があり、その変化は中学時代の理数科目の授業時間数と相関していることが分かった。