五反田日活劇場(ごたんだにっかつげきじょう)は、日本の映画館である。第二次世界大戦後の1950年(昭和25年)6月、東京都品川区五反田(現在の西五反田)に東京セントラル劇場(とうきょうセントラルげきじょう)として開館、セントラル映画社(英語: CMPE)の配給するアメリカ映画を中心に上映した。セントラル映画社解散後も、松竹洋画系に参加して洋画の封切館でありつづけた。通称五反田セントラル(ごたんだセントラル)。1958年(昭和33年)には日活の封切館に変わり、五反田日活劇場と改称した。五反田日活映画劇場(ごたんだにっかつえいがげきじょう)とも。1971年(昭和46年)前後には閉館した。巖谷國士が通い、寺山修司が親しんだことで知られる。