トガチの乱(トガチのらん、脱火赤の乱)は、大元ウルスの皇族コシラを擁立するトガチ丞相らがブヤント・カアン(仁宗アユルバルワダ)政権に対して延祐4年(1317年)に甘粛・陝西一帯で起こした叛乱。帝位(カアン位)を巡るカイシャン家とアユルバルワダ家の対立から生じた内乱の一つで、「トガチの乱」そのものは短期間で鎮圧されたもののブヤント・カアン政権はコシラを擁する一派そのものを排除することはできず、後に天暦の内乱においてコシラが即位する遠因となった。また、「トガチの乱」の勃発によってチャガタイ・ウルスと大元ウルスの軍事衝突()がチャガタイ家側にとって有利な形で終結し、この時定まった両勢力の国境線は後々まで引き継がれた。