青山純
日本のドラマー (1957-2013)
青山 純(あおやま じゅん、1957年3月10日 - 2013年12月3日)は、東京都出身のドラマー。
青山 純 | |
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出生名 | 青山 純 |
生誕 | 1957年3月10日 |
出身地 | 日本・東京都 |
死没 | 2013年12月3日(56歳没) |
ジャンル | |
職業 | |
担当楽器 | ドラムス |
活動期間 | 1975年 - 2013年 |
共同作業者 |
概要
編集スタジオミュージシャンとして様々なミュージシャンと共演し、ライブやツアーのサポートメンバーとしても精力的に活動した。特に1980年代から90年代、山下達郎のレコーディング、ライブ活動でのレギュラードラマーとしての活動が知られている。またロック・ポップス・ジャズなど、ジャンルを超えて幅広く活躍。初期はパール社製、80年代以降は主に独ソナー社製のドラムを用いた。息子の青山英樹、青山友樹(2018年に死去)もそれぞれプロドラマーとして活動している。
2014年1月19日、26日に放送された『山下達郎のサンデー・ソングブック』での青山の追悼特集(下述)の中で、この10年来は健康を害していたため、山下の3時間以上に及ぶライブでの演奏は体力的に難しい状況にあり、メンバーチェンジに至ったことが明かされている[1]。
来歴
編集- 高校時代 - 通っていたヤマハのドラムスクールで藤井章司と出会い、Char・佐藤準・新川博などと知り合う。
- 1975年(昭和50年)頃 - 高校卒業後、兄の友人だった杉真理のバンド(杉真理&レッド・ストライプス)のレコーディングに参加し、プロとして活動を開始する。
- 1977年(昭和52年)頃 - ベーシスト伊藤広規と知り合い、佐藤博のバックバンドとして活動開始。ハイ・ファイ・セット・杉真理・松任谷由実らのバックバンドを務める。
- 1979年(昭和54年) - THE SQUAREに参加し、渡辺建や仙波清彦と出会う。
- 1979年(昭和54年) - 1983年(昭和58年) - プリズムに参加。
- 1984年(昭和59年) - 仙波清彦率いる「はにわちゃん」「オレカマ軍団」「はにわオールスターズ」などに参加。
- 1987年(昭和62年) - キリング・タイムに加入。
- 1990年(平成2年) - セッションバンドSons & Daughters(後のFUTURE DAYS)結成。
- 1991年(平成3年) - 小川美潮のアルバム「ウレシイの素」共同プロデュース。
- 2000年(平成12年) - この年より2013年(平成25年)までMISIAのライブを継続的にサポート。
- 2002年(平成14年) - 山下達郎のバックバンドで結成されたネルソンスーパープロジェクト名義でアルバム「Nelson Magic」をリリース、山下達郎ツアー中にライブ。
- 2006年(平成18年) - MAMBABOOに加入。
- 2011年(平成23年) - 8月3日に株式会社アトス・インターナショナルからドラム教則DVD『青山純 一つ打ちの真髄』発売。
- 2012年(平成24年) - 12月5日、盟友・伊藤広規とのユニット「A*I」によるセッション音源が2枚組CD『A*I』としてリリース[2]。
- 2013年(平成25年) - 12月3日、肺血栓塞栓症で死去[3][4]。56歳没。
死後
編集- 2014年(平成26年)
- TOKYO FMの番組『山下達郎のサンデー・ソングブック』で、1月19日[5]、1月26日[6]の2回にわたり「極私的(きょくしてき)青山純 追悼特集」として、山下達郎から見たドラマー青山純の業績を偲ぶ特集が放送された。
- 1月30日、世田谷区の北沢タウンホールで「青山純さんを送る会」が執り行われた[7]。
- 4月19日に納骨。墓は家族の希望でソナーのドラムヘッドを模したデザインが採用され、ロゴマークも再現された。墓所の詳細は明らかにされていない[8][9]。
- 12月20日、BSフジの番組『HIT SONG MAKERS 〜栄光のJ-POP伝説〜』で、「青山純追悼スペシャル」と題して2時間にわたり特集される[10]。息子の青山英樹、青山友樹をはじめ多くのミュージシャンが出演。青山の功績を、彼らのインタビューや演奏を通して振り返った[10]。
主な活動
編集レコーディング参加
編集- あ行
- か行
- さ行
- た行
- な行
- は行
- ま行
- や行
- ら行
- わ行
など。
ライブ参加
編集- 今井美樹
- 大貫妙子
- 小川美潮
- 尾崎亜美
- 甲斐よしひろ
- 窪田晴男
- ゴンチチ
- 清水靖晃
- JOHN KING
- 竹内まりや
- 徳永英明
- 中島みゆき
- 林明日香
- MISIA
- mink
- 山下達郎
- 遊佐未森
- 吉田拓郎
- 渡辺香津美
- 渡辺美里
- 和田アキラ
など。
主な参加ユニット
編集DVD
編集- 教則DVD『青山純 一つ打ちの真髄』(2011年)
- ライヴDVD『青山純Super Sessions feat.今剛×伊藤広規×KAZ南沢×エルトン永田×Mac清水 LIVE!』(2011年)
CD
編集- 『JUN AOYAMA Super Sessions feat.KOHKI ITO,KAZ MINAMIZAWA,ELTON NAGATA,TSUYOSHI KON,MAC SHIMIZU LIVE!!』(2012年)
脚注
編集- ^ 青山の存命中は、青山が他のアーティストのサポートに参加する都合で交代した旨の説明がライブのMCでされていた。
- ^ 伊藤のプライベートレーベル「ウルトラヴァイヴ」より。ITOKOKI-3/4
- ^ aoyama_hidekiの2013年12月5日20時44分のツイート- X(旧Twitter)
- ^ “名ドラマー・青山純さん 肺血栓塞栓症で死去 息子が正式発表”. Sponichi Annex (インターネットアーカイブのキャッシュ). (2013年12月5日) 2014年1月18日閲覧。
- ^ "1110回:極私的・青山純追悼 Part 1". 山下達郎のサンデー・ソングブック. 19 January 2013. JFN。
- ^ "1111回:極私的・青山純追悼 Part 2". 山下達郎のサンデー・ソングブック. 26 January 2013. JFN。
- ^ “青山純さんお別れの会”. 歌う♬放送作家 (2014年1月30日). 2014年8月31日閲覧。
- ^ “納骨しました!”. ♪主婦なMusician 佐々木久美のdiary♪ (2014年4月19日). 2014年8月31日閲覧。
- ^ koki.ito.923の投稿(694757940586885) - Facebook(2014年4月19日)
- ^ a b “唯一無二の演奏でヒット曲たたき出す「HIT SONG MAKERS 〜栄光のJ-POP伝説〜 青山純追悼スペシャル」”. ZAKZAK. (2014年12月16日) 2015年4月8日閲覧。
外部リンク
編集- ドラム教則DVD『青山純 一つ打ちの真髄』商品ページ
- future days
- MAMBABOO OFFICIAL SITE
- Jun Aoyama Memory's - YouTube - MISIA YouTube公式チャンネル
- “NEWS”. Nelson Super Project (2013年12月5日). 2014年1月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年9月2日閲覧。 - 三谷泰弘による追悼文が記載されている。