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遠藤康

日本のサッカー選手

遠藤 康(えんどう やすし、1988年4月7日 - )は、宮城県仙台市出身のプロサッカー選手Jリーグベガルタ仙台所属。ポジションはミッドフィールダー(サイドハーフ、オフェンシブハーフ、ボランチ)、フォワード(トップ下)。

遠藤 康
名前
愛称 ヤス
カタカナ エンドウ ヤスシ
ラテン文字 ENDO Yasushi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-04-07) 1988年4月7日(36歳)
出身地 宮城県仙台市
身長 168cm
体重 69kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ベガルタ仙台
ポジション MF
背番号 50
利き足 左足
ユース
0000-2000 なかのFC
2001-2003 塩釜FCJr. ユース
2004-2006 塩釜FCユース
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2021 鹿島アントラーズ 304 (46)
2022-2024 ベガルタ仙台 48 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年11月10日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

来歴

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プロ入り前

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3歳年長の兄が所属していた少年サッカークラブ、なかのフットボールクラブでサッカーに触れるようになり、6歳の時に同クラブに正式に入団した。小学校5年次、クラブ代表の小幡忠義の勧誘を受け、2001年に塩釜FCジュニアユースに入団。中学3年次の2003年にはU-16宮城県トレセンに、当時FCみやぎバルセロナジュニアユース所属だった香川真司とともに選出されて同年度のカメイカップに出場した[1]

2004年にユースチームに昇格(宮城・塩釜高)。高校1年次はシーズン途中からトップチームにも登録されて東北社会人サッカーリーグで試合に出場。翌2005年度は全試合でスタメン出場した。2005年には香川とともにU-18東北選抜チームに選出されて仙台カップ国際ユースサッカー大会に出場し、U-18日本代表チームとの試合で5-2で勝利した[2]。翌2006年は日本代表チームの一員として同大会に参加し[3]、この大会の後で鹿島アントラーズから入団のオファーを受けた。同年には国民体育大会成年男子宮城県選抜チームに選出されて兵庫県で開催されたのじぎく兵庫国体に出場した[4]

鹿島アントラーズ

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2006年11月に加入内定が発表された[5] 後、2007年に鹿島アントラーズに入団。同年3月21日のヤマザキナビスコカップ第1節アルビレックス新潟戦で公式戦に初出場した。4-4-2のボックス型フォーメーションを採用する鹿島のチーム事情のため、トップ下でのプレーを希望していたが、「サイドに張ってクロスを上げる役割[6] を任された。同年度はリーグ戦2試合に出場した。

2010年より出番を徐々に増やし、3月9日のACL第2節・韓国全北現代戦でプロ初得点を記録。2012年は自己最多のリーグ戦32試合に出場した。

2014年、柴崎岳とともに、常陽銀行の9代目イメージキャラクターに就任[7]。リーグ戦では初の2桁得点を記録し、この年のJリーグ優秀選手賞を受賞した。

2017年2月18日、FUJI XEROX SUPER CUP浦和レッズ戦では2得点をきめて優勝に貢献した。7月5日、第17節のガンバ大阪戦では決勝点をきめて首位浮上に貢献した。

2018年も前年に続き右サイドハーフで定位置を掴み、キャプテンの小笠原満男がメンバーから外れることが多くなっていたため、小笠原に代わってキャプテンマークを着ける試合が多くなった。ACL決勝ペルセポリスFC戦では怪我もあって控えからチームを見守る形となったが、鹿島の史上初のACL優勝に貢献した。

2019年は前年と打って変わって出場機会に恵まれない時期が続いた。そんな中で9月1日、J1リーグ第25節の清水エスパルス戦ではFWで起用されると1得点1アシストの活躍を見せた。以降、高いキープ力と技術、広い視野、パスセンスを生かしFWでの起用も多くなっている。この年の出場はここ5年の中で1番少ない13試合に留まった。

2020年シーズン、昨年より少しずつ出場機会を増やしトップ下(STとも言える位置)で起用され攻撃の起点として存在感を見せている。8月1日の大分トリニータ戦ではワントップを務めハットトリックを達成したエヴェラウドから「すごく経験のある選手で、ボールを持ったときの技術がずば抜けていると思います。かなり高いレベルでいろいろと僕が要求するやってほしいことをやってくれるので、すごくありがたいです」と評価された[8]

ベガルタ仙台

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2021年12月25日、地元のベガルタ仙台に完全移籍を発表した[9]。在籍1年目は第2節の水戸ホーリーホック戦で決勝ゴールを決め「ふくらはぎパフォーマンス」もしてサポーターの心を掴んだ。2年目に地元TV局の番組であるヒーローインタビューに出演した際に、鹿島で沢山のタイトルを獲った経験を顧みて「勝ってタイトルを取る事が常勝軍団になる為に重要です」と説いた[10]

連載コラム「絶調」[11]も始めて3年目からはキャプテンを務めたが[12]怪我の影響で1試合のみの出場に留まり、2024年11月8日、現役引退することが発表された[13][14]。ホーム最終戦後に設けられた引退セレモニーでは「いつか終わりが来ると思っていたけど、地元の仙台でこういう機会を設けていただけて感謝しています。」と、家族から花束を受け取り涙を浮かべながら述べた[15]。そして「サッカー選手ではなくなりますが、宮城県になにかしらの恩返しをこれからも絶対にしていきたい」とも述べて、生まれ育った街にも感謝した[16]

日本代表

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2003年にU-15日本代表に、翌2004年にはU-16日本代表に選出されてモンテギュー国際ユース大会や北海道国際ユース大会に出場したが、AFC U-17選手権2004に出場する代表チームには選出されなかった。2006年にはU-18日本代表に選出されて仙台カップに出場。2007年2月にはU-20日本代表候補に選出されてトレーニングキャンプに参加した[17]

2015年5月7日、日本代表候補トレーニングキャンプ(5/12~13@千葉)メンバーに初選出された。同年5月3日の事前記者会見にてバヒド・ハリルホジッチ監督は遠藤の選出理由について「遠藤康はクラブとポジションが異なるが、真ん中(での起用)を考えている。テクニックのクオリティーが高く、少し中村俊輔に似ているかなと思う。フィジカルに成長の余地はあるが、興味深い選手だ。」とコメントしている[18]。また同年5月11日の報道陣の取材にて遠藤についてハリルホジッチ監督は「右サイドでプレーすることが多いと思うんですけど、FWの後ろでプレーしたらどうなるのか」「左足のテクニックも素晴らしく、プレーのビジョンやパスも素晴らしい。彼も他の部分を向上させることができるということで呼びました」と遠藤を評価した。7月11日、引き続き東アジア杯の日本代表予備登録メンバーに選出された。

2017年3月25日、ロシアW杯アジア最終予選の予備登録メンバーに選出されたが、本大会のメンバーからは外れた。

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2004 塩釜 東北1部 - -
2005 12 0 - - 12 0
2006 - -
2007 鹿島 25 J1 2 0 3 0 0 0 5 0
2008 0 0 0 0 0 0 0 0
2009 2 0 0 0 1 0 3 0
2010 19 2 1 0 3 1 23 3
2011 30 3 3 0 1 0 34 3
2012 32 6 10 2 5 3 47 11
2013 28 7 7 0 3 2 38 9
2014 30 10 5 1 1 0 36 11
2015 32 6 5 2 1 0 38 8
2016 25 3 3 1 4 0 32 4
2017 22 2 2 0 2 0 26 2
2018 20 4 4 0 5 1 29 5
2019 12 1 2 0 3 0 17 1
2020 27 1 1 0 - 28 1
2021 23 1 9 0 3 2 35 3
2022 仙台 50 J2 32 5 - 1 0 33 5
2023 15 1 - 0 0 15 1
2024 1 0 0 0 0 0 1 0
通算 日本 J1 304 46 55 6 32 9 391 61
日本 J2 48 6 0 0 1 0 49 6
日本 東北1部 12 0 - - 12 0
総通算 349 51 55 6 32 9 436 66

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFCACLクラブW杯
2008 鹿島 25 1 0 -
2009 0 0 -
2010 6 2 -
2011 5 0 -
2015 6 1 -
2016 - 4 2
2017 6 1 -
2018 7 1 3 0
2019 7 0 -
通算 AFC 38 5 7 2

その他の国際公式戦

出場歴

タイトル

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クラブ

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鹿島アントラーズ

代表歴

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  • U-12宮城県トレセン
  • U-16宮城県トレセン(2003年)[1]
  • U-15日本代表(2003年)
  • U-16日本代表(2004年)
  • JFAナショナルトレセンU-16 (2004年)
  • U-18東北選抜(2004, 2005年)
  • 国民体育大会成年男子宮城県選抜(2006年
  • U-18日本代表(2006年)
  • 日本代表候補(2015, 2016, 2017年)

脚注

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  1. ^ a b 2003カメイカップ 東北ユースサッカー選抜大会 メンバー一覧 宮城県サッカー協会公式サイト 2010.12.28 05:47 (UTC) 閲覧
  2. ^ 精神的なゆるみからU-18東北代表にまさかの大敗 J's GOAL 2005.9.20付記事。この試合で遠藤は86分に5点目を挙げている。
  3. ^ 東北地域から唯一の日本代表選出だった。塩釜FC遠藤が意地の2発/U18サッカー 日刊スポーツ東北版 2006.8.22付記事を参照。
  4. ^ 神戸市・加古川市・三木市・淡路市・洲本市実行委員会『第61回国民体育大会 サッカー競技 公式プログラム』日本体育協会文部科学省兵庫県、2006年、p. 76頁。 
  5. ^ 検索結果.新加入選手内定のお知らせ [鹿島] J's GOAL 2006.11.22付ニュースリリース
  6. ^ 『週刊サッカーマガジン 2008Jリーグ選手名鑑』ベースボール・マガジン社東京都、2008年、p. 24頁。 , JAN 4910238860382
  7. ^ 柴崎・遠藤両選手が常陽銀行イメージキャラクターに決定 -鹿島アントラーズオフィシャルサイト 2014年2月6日 参考
  8. ^ [1] 2020年8月1日 Jリーグ公式サイト
  9. ^ 鹿島アントラーズ 遠藤康選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)ベガルタ仙台、2021年12月25日https://www.vegalta.co.jp/news-team/2021/12/post-916.html2021年12月25日閲覧 
  10. ^ 「どれだけ悪くてもタイトル獲ったらすごく大きい鎧をまとえる」ベガルタ仙台“遠藤康選手”どうしたらチームを1つにまとめられるのか?激白【ヒーローインタビュー】”. 東北放送. 2023年12月27日閲覧。
  11. ^ 絶康調
  12. ^ 2024シーズンキャプテン、副キャプテンのお知らせ”. ベガルタ仙台. 2024年1月12日閲覧。
  13. ^ 遠藤康選手 現役引退のお知らせ”. ベガルタ仙台オフィシャルサイト. 2024年11月10日閲覧。
  14. ^ ベガルタのキャプテン 仙台出身の遠藤康選手 今季限りで引退”. NHK仙台 (2024年11月8日). 2024年11月16日閲覧。
  15. ^ ベガルタ、したたかに 現実策に徹してプレーオフ進出決める”. 河北新報 (2024年11月10日). 2024年11月16日閲覧。
  16. ^ 引退の遠藤康が涙のあいさつ「宮城県になにかしらの恩返しをこれからも絶対にしていきたい」”. スポーツ報知 (2024年11月11日). 2024年11月16日閲覧。
  17. ^ 財団法人 日本サッカー協会 平成18年度 第11回理事会 報告事項 JFA公式サイト 2010.12.28 06:28 (UTC) 閲覧
  18. ^ 日本代表候補メンバー発表、ハリルホジッチ監督コメント要旨 ゲキサカ 2016年3月3日

関連項目

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外部リンク

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