未亡人ごろしの帝王
『未亡人ごろしの帝王』(ごけごろしのていおう)は、1971年公開の日本映画。製作:東映東京撮影所、配給:東映。
未亡人ごろしの帝王 | |
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監督 | 内藤誠 |
脚本 | 小野竜之助 |
出演者 |
梅宮辰夫 山城新伍 八代万智子 中村是好 星野みどり ルーキー新一 宮城千賀子 園佳也子 |
音楽 | 小杉太一郎 |
主題歌 | 梅宮辰夫「シンボルロック」 |
製作会社 | 東映東京撮影所 |
配給 | 東映 |
公開 | 1971年2月25日 |
上映時間 | 87分 |
製作国 | 日本 |
前作 | 女たらしの帝王 |
次作 | ポルノの帝王 |
キネマ旬報のデータベースなど、『未亡人殺しの帝王』と一部漢字表記のものが多いが、封切り時のポスターには平仮名で『未亡人ごろしの帝王』と書かれている[1]。またタイトルは『ごけごろしの帝王』と読む[1]。タイトル命名は岡田茂東映プロデューサー[2][3]。
概要
編集キャスト
編集スタッフ
編集製作
編集監督の内藤誠は「不良番長シリーズ」第8作、『不良番長 出たとこ勝負』1970年8月1日公開時に岡田茂に「お前はとかくカメラを振り回したり、技巧に走りすぎる。東映ドラマは人間ドラマでいけ」などと説教され[7]、「不良番長シリーズ」の監督を降ろされ、「これからはお前にそういう作品を回す」と言われ、本シリーズの監督に回された[7]。内藤は「岡田さんはすでに私の資質を見抜いていた」と話しているが[8]、「当時は社員監督だから、そういう指示に従わなくちゃいけないわけ。本当はまだ"不良番長"をやりたかったんだけど」などと話している[7]。ただ石井輝男からは「”帝王シリーズ”はずいぶん金をかけているみたいで面白いよ」といってもらえたという[8]。
キャスティング
編集吉川銀子役で出演する八代万智子は、東映ニューフェイスで梅宮と同期の入社で、梅宮が最初に艶ダネにされた人で[9]、以降、梅宮は多くの女優や銀座のホステスなどと浮名を流し、“帝王シリーズ”で、プレイボーイイメージを決定的なものにした[9]。
作品の評価
編集同時上映
編集『極悪坊主 飲む打つ買う』
脚注
編集- ^ a b “未亡人ごろしの帝王”. 日本映画製作者連盟. 2019年1月26日閲覧。
- ^ a b 佐伯俊道「終生娯楽派の戯言 第十二回 添え物人生走馬燈」『シナリオ』2013年5月号、日本シナリオ作家協会、122-125頁。
- ^ 杉作J太郎、植地毅「内藤誠インタビュー」『東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム』徳間書店、1999年、107頁。ISBN 4-19-861016-9。
- ^ “帝王シリーズ”. 日本映画製作者連盟. 2019年1月26日閲覧。
- ^ 「タウン『女たらしの帝王」『週刊新潮』1970年9月19日号、新潮社、14頁。
- ^ a b 「NEWS MAKERS 『梅宮辰夫が地で行ける『未亡人殺しの帝王』への評判」『週刊ポスト』1971年3月5日号、小学館、24頁。
- ^ a b c 杉作J太郎・植地毅「内藤誠インタビュー」『不良番長浪漫アルバム』徳間書店、1999年、269頁。ISBN 978-4-19-864354-6。
- ^ a b 内藤誠『偏屈系映画図鑑』キネマ旬報社、2011年、93頁。ISBN 978-4-87376-381-1。内藤誠『監督ばか』彩流社、2014年、97頁。ISBN 978-4-7791-7016-4。
- ^ a b 「芸能 梅宮辰夫が寵愛した女たち 怪傑タイガーマスク」『小説club』第24巻第4号、桃園書房、1971年4月1日、182 - 186頁、NDLJP:1785136/94。