向格
言語例
編集日本語では格助詞「へ」「まで」が着点を表し、向格と呼ばれることもある[1]。
バスク語の格は13-14種類があるが、有生性、定性、数によって異なる語尾が加えられる。向格はたとえば mendi(山)の場合、mendira(単数・定)、mendietara(複数・定)、menditara(不定)のようになる(意味はいずれも「山へ」)[2]。
言語によっては着点を細かくいい分ける。たとえばフィンランド語には内部(……の中)・外部(……の上)の2種類の位置と、起点(……から)・静止(……で)・着点(……へ)の3種類の方向の組み合わせによる6つの場所的な格が存在し、「……の中へ」は向格ではなく内格を使用する[3]。
静止 | 起点 | 着点 | |
---|---|---|---|
内部 | 内格 | 出格 | 入格 |
外部 | 接格 | 奪格 | 向格 |
向格は -lle が加えられる。たとえば、mies(男)の向格は miehelle になる。単なる場所だけでなく、与える対象にも使用する。
ハンガリー語の場合はもっと複雑で、着点の格が4種類ある[4]。
- -ba/be は「……の中へ」を表す。(入格)
- -ra/re は「……の上へ」を表す。(着格)
- -hoz/hëz/höz は「……のそばへ」を表す。(向格)
- -ig は「……まで」を表す。(到格)
たとえば、fal(壁)に対して、fal-ba(壁の中へ)、fal-ra(壁の上面へ)、fal-hoz(壁のすぐそばへ)、fal-ig(壁まで)のようになる。
バルト語派の言語にも二次的に発達した向格がある。たとえば古リトアニア語および方言では、属格形に後置詞 -pi を加えた形が向格として使用される[5]。
インド・ヨーロッパ語族の言語の場合、通常独立した向格は存在せず、着点を表すには対格が使われることが多い。たとえばラテン語では、以下のような区別がある[6]。同様の対格の使われ方は、ドイツ語、ロシア語、ギリシア語などにも見られる。
- in oppido (奪格)町に、町の中に
- in oppidum(対格)町の中へ
インド・ヨーロッパ語族の対格 *-m はもともと向格を表しており、ラテン語の Romam(ローマへ)、domum(家へ、故郷へ)、英語 home などはこの意味が残存したものであるという[7]。
インド・ヨーロッパ語族の中でも古ヒッタイト語では対格 -an と向格(方向格 directive とも呼ばれる)-a が区別される[8]。
脚注
編集- ^ Bjarke Frellesbig (2010). A History of the Japanese Language. Cambridge University Press. p. 243. ISBN 9780521653206
- ^ 下宮(1996) pp.135,249-251
- ^ 「格」『言語学大辞典』 巻6 術語篇、三省堂、1996年、200-209頁。ISBN 4385152187。
- ^ Abondolo (1987) p.585
- ^ Koptjevskaja-Tamm, Wälchli (2001) p.672
- ^ 泉井久之助『ラテン広文典』白水社、1952年、43頁。
- ^ マルティネ(2003) pp.227-229
- ^ Watkins (2004) p.560
参考文献
編集- 下宮忠雄『バスク語入門』(4版)大修館書店、1996年(原著1979年)。ISBN 4469210773。
- アンドレ・マルティネ 著、神山孝夫 訳『「印欧人」のことば誌―比較言語学概説―』ひつじ書房、2003年。ISBN 4894761955。
- Daniel Abondolo (1987). “Hungarian”. In Bernard Comrie. The World's Major Languages. Croom Helm. pp. 577-592. ISBN 0709934238
- Maria Koptjevskaja-Tamm; Bernhald Wälchli (2001). “The Circum-Baltic Languages”. In Östen Dahl, Maria Koptjevskaja-Tamm. The Circum-Baltic Languages: Typology and Contact. 2. John Benjamins. pp. 615-750. ISBN 9027230595
- Calvert Watkins (2004). “Hittite”. In Roger D. Woodard. The Cambridge Encyclopedia of the World's Ancient Languages. Cambridge University Press. pp. 551-575. ISBN 9780521562560