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光山郡(クァンサンぐん、こうざんぐん、朝鮮語: 광산군)は、全羅南道にあった郡で、現在は光州広域市の一部となる。

1935年前の名称は光州郡であり、光州郡光州邑が光州府に昇格した時に光山郡に改称された[1]

沿革

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光州郡

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1914年の行政区画[2]と現在の行政区画の比較
1914年 現在
町・里
光州面[3] 弓町、東門通、西門通、南門通、北門通、東光山町、西光山町、西城町、北城町、花園町、不動町、錦町、瑞南里、錦渓里、城底里、数奇屋町 光州広域市東区 弓洞、長洞、忠壮路、錦南路、大義洞、光山洞、黄金洞、湖南洞、不老洞、錦洞、南洞、瑞石洞、鶴洞、大仁洞、須奇洞
楼門里 光州広域市北区 楼門洞、北洞、柳洞
瑞坊面[4] 牛山里、中興里、壮虎里、豊郷里、斗岩里、角化里、文興里、龍鳳里、梧峙里、三角里、梅谷里、新安里 牛山洞、中興洞、豊郷洞、斗岩洞、角化洞、文興洞、龍鳳洞、梧峙洞、三角洞、梅谷洞、新安洞、林洞
豊郷里、東渓里 光州広域市東区 鶏林洞、東明洞、山水洞、芝山洞
池漢面 所台里、洪林里、雲林里、内南里、仙橋里、龍淵里、龍山里、月南里 所台洞、鶴洞、雲林洞、内南洞、仙橋洞、龍淵洞、龍山洞、月南洞
石谷面[5] 金谷里、忠孝里、徳義里、花岩里、清風洞、望月里、長灯里、雲亭里 光州広域市北区 金谷洞、忠孝洞、徳義洞、花岩洞、清風洞、望月洞、長灯洞、雲亭洞
牛峙面 生龍里、龍田里、龍江里、孝領里、水谷里、台領里 生龍洞、龍田洞、龍江洞、孝領洞、水谷洞、台領洞
本村面[6] 本村里、龍頭里、芝野里、臣龍里、蓮堤里、良山里、日谷里、月出里、大村里、五龍里 本村洞、龍頭洞、芝野洞、臣龍洞、蓮堤洞、良山洞、日谷洞、月出洞、大村洞、五龍洞
極楽面[7] 雲岩里、東林里 雲岩洞、東林洞
徳興里、楡村里、東林里、双村里、治平里、新礼里、花亭里、内防里 光州広域市西区 徳興洞、楡村洞、東川洞、双村洞、治平洞、農城洞、花亭里、内防洞、光川洞
西倉面[8] 細荷里、碧津里、梅月里、馬勒里、金湖里、楓岩里、龍頭里、西倉里 細荷洞、碧津洞、梅月洞、馬勒洞、金湖洞、楓岩洞、龍頭洞、西倉洞
松大里 光州広域市光山区 松大洞
松汀面[9] 新村里、牛山里、道山里、道湖里、西峰里、印岩里、雲水里、素村里、松汀里 新村洞、牛山洞、道山洞、道湖洞、西峰洞、雲水洞、素村洞、松汀洞
飛鴉面[10] 飛鴉里、道村里、双庵里、月桂里、山月里、水莞里、新昌里、新佳里、雲南里 飛鴉洞、道泉洞、双庵洞、月桂洞、山月洞、水莞洞、新昌洞、新佳洞、雲南洞
河南面[11] 安倉里、真谷里、鰲仙里、長徳里、黒石里、河南里、長水里、山亭里、月谷里 安倉洞、真谷洞、鰲仙洞、長徳洞、黒石洞、河南洞、長水洞、山亭洞、月谷洞
林谷面[12] 古龍里、新龍里、斗亭里、博湖里、登任里、山幕里、林谷里、沙湖里、烏山里、光山里 古龍洞、新龍洞、斗亭洞、博湖洞、登任洞、山幕洞、林谷洞、沙湖洞、烏山洞、光山洞
東谷面[13] 黄龍里、伏龍里、堯基里、下山里、柳渓里、龍鳳里、本徳里 黄龍洞、伏龍洞、堯基洞、下山洞、柳渓洞、龍鳳洞、本徳洞
孝泉面[14] 校社里 光州広域市西区 良洞
鳳仙里、碧桃里、珠月里、真月里、松荷里、林岩里、杏岩里、老大里、徳南里、楊林里、校社里 光州広域市南区 鳳仙洞、碧雲洞、珠月洞、月山洞、真月洞、松荷洞、林岩洞、杏岩洞、老大洞、徳南洞、楊林洞、芳林洞、西洞、亀洞、社洞
大村面[15] 島村里、九沼里、新場里、漆石里、石亭里、禾場里、大支里、月城里、良村里、昇村里、鴨村里、支石里、良瓜里、泥場里、院山里 陶金洞、九沼洞、新場洞、漆石洞、石亭洞、禾場洞、大支洞、月城洞、良村洞、昇村洞、鴨村洞、支石洞、良瓜洞、泥場洞、院山洞
  • 三国時代には武珍州と呼ばれ、南北国時代には武州と改名した。
  • 1895年6月23日(陰暦閏5月1日) - 羅州府光州郡に再編。[16](41面)
  • 1896年8月4日 - 全羅南道光州郡に再編。[17]
  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、光州郡葛田面・大峙面が潭陽郡に編入、咸平郡烏山面が光州郡に編入。光州郡に以下の面が成立。[18](15面)
    • 光州面・池漢面・石谷面・牛峙面・本村面・飛鴉面・河南面・林谷面・松汀面・東谷面・西倉面・大村面・極楽面・瑞坊面・孝泉面
  • 1931年4月1日(1邑13面)[19]
    • 光州面が光州邑に昇格。
    • 牛峙面・本村面が合併し、芝山面を設置。
  • 1935年
    • 4月1日(1邑12面)[20]
      • 瑞坊面・池漢面・孝泉面・極楽面のそれぞれ一部が光州邑に編入。
      • 廃止された孝泉面の残部・池漢面の残部は孝池面として再編。
    • 10月1日(12面)[1]
      • 光州邑が光州府に昇格、郡より離脱。
      • 光州郡が光山郡に改称。

改称後

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  • 1937年7月1日 - 松汀面が松汀邑に昇格。(1邑11面)
  • 1949年8月14日 - 羅州郡平洞面・三道面・本良面を編入。(1邑14面)
  • 1955年7月1日(1邑10面)[21]
    • 瑞坊面・極楽面・孝池面および石谷面の花岩里・清風里・望月里・長灯里・雲亭里が光州市に編入。
    • 石谷面の金谷里・忠孝里・徳義里が潭陽郡南面に編入。
  • 1957年11月6日(1邑7面)[22]
    • 大村面・芝山面および西倉面の一部が光州市に編入。
    • 西倉面の残部が東谷面に編入。
  • 1963年1月1日 - 光州市から一部を返還。(1邑9面)[23]
    • 瑞湖洞・芳荷洞・新湖洞をもって西倉面を復活。
    • 松石洞・登龍洞・鶴昇洞をもって大村面を復活。
  • 1986年11月1日 - 松汀邑が市制施行し、松汀市となり、郡より離脱。[24](9面)
  • 1988年1月1日 - 飛鴉面・河南面・林谷面・東谷面・西倉面・大村面・平洞面・三道面・本良面が松汀市とともに光州市と合併し、光州直轄市光山区が発足。光山郡消滅。

関連項目

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脚注

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  1. ^ a b 朝鮮総督府令第112号・道の位置、管轄区域及び府郡の名称、位置、管轄区域の規定(1935年9月28日)
  2. ^ (신구대조) 조선 전도부군면리동 명칭 일람 (1917年)
  3. ^ 光州面は城内面・公須坊面・不動坊面・奇礼坊面の合併
  4. ^ 瑞坊面は瑞陽面・斗坊面・梧峙面の合併
  5. ^ 石谷面は石底面・上大谷面・下大谷面の合併
  6. ^ 本村面は甲馬保面・石堤面・三所旨面の合併
  7. ^ 極楽面は徳山面・内丁面・黄渓面・軍盆面の合併
  8. ^ 西倉面は船道面・当夫面・方下洞面の合併
  9. ^ 松汀面は牛山面・古内廂面・所旨面の合併
  10. ^ 飛鴉面は泉谷面・馬池面の合併
  11. ^ 河南面は巨峙面・黒石面・瓦谷面の合併
  12. ^ 林谷面は召古龍面、咸平郡烏山面の合併
  13. ^ 東谷面は東角面・馬谷面の合併
  14. ^ 孝泉面は孝友洞面・陶泉面の合併
  15. ^ 大村面は大支面・桂村面・漆石面・柳等谷面の合併
  16. ^ 勅令第98号・地方制度改正件(1895年陰暦5月26日)
  17. ^ 勅令第36号・地方制度と官制改正に関する案件(1896年8月4日)
  18. ^ 朝鮮総督府令第111号・道の位置、管轄区域及び府郡の名称、位置、管轄区域の規定(1913年12月29日
  19. ^ 朝鮮総督府令第103号・邑、面及び邑、面長に関する規定(1931年2月29日)
  20. ^ 道令第6号(1935年3月25日)
  21. ^ 법률 제361호 시·군의관할구역변경에관한법률(1955年6月29日)
  22. ^ 법률 제454호 시·군행정구역변경에관한법률(1957年11月6日
  23. ^ 법률 제1175호 시·군관할구역변경및면의폐치에관한법률(1962年11月21日
  24. ^ 법률 제3808호 광주직할시및송정시설치에관한법률(1986年5月8日