大沢朋也
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名前 | ||||||
愛称 | トモヤ | |||||
カタカナ | オオサワ トモヤ | |||||
ラテン文字 | OSAWA Tomoya | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1984年10月22日(40歳) | |||||
出身地 | 埼玉県狭山市 | |||||
身長 | 163cm | |||||
体重 | 60kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | FW / MF | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
2000-2002 | 帝京高校 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2003-2005 | 大宮アルディージャ | 1 | (0) | |||
2006 | 佐川急便東京 | 22 | (2) | |||
2007-2012 | SAGAWA SHIGA FC[注 1] | 152 | (21) | |||
2013-2017 | カマタマーレ讃岐 | 65 | (3) | |||
通算 | 240 | (26) | ||||
代表歴 | ||||||
2000-2001 | 日本 U-16/17 | 1 | (0) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2018年1月18日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
大沢 朋也(おおさわ ともや、1984年10月22日 - )は、埼玉県狭山市出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード、または攻撃的ミッドフィールダー。
来歴
[編集]三菱養和スポーツクラブを経て帝京高校で中心選手として活躍。高校在学中から各年代の日本代表に選出され、2001 FIFA U-17世界選手権にも参加した。帝京高校では2学年先輩に田中達也、田村雄三、1学年上に平松大志、同期に中村英之、1期後輩に関口訓充、足助翔などがいる。
帝京高校在学時にはエースとして平山相太、中村北斗らを擁する国見高校を破り、20年ぶりの高校総体優勝を実現した。
2003年、高校卒業後にJ2の大宮アルディージャに入団してプロサッカー選手となり、同年にJリーグデビューを果たしたが、トップチームでの公式戦出場はデビュー戦の1試合のみで、2005年に大宮がJ1に昇格しても出場機会は得られないまま、同年シーズン限りで大宮とは契約満了となった。
2006年、日本フットボールリーグ(JFL)の佐川急便東京SCへ移籍し、活躍の機会を得るがシーズン途中に負傷して長期離脱。その後、2007年からは同チームを含む合併により成立した佐川急便サッカークラブ(2008年よりSAGAWA SHIGA FC)に加入した。当初は出場機会が少なかったものの、2008年シーズンは11月1日のアルテ高崎戦でハットトリックを達成[1] するなど結果を残し、主に左サイドMFとしてレギュラーに定着した。
2009年には全試合に出場するとともに、10得点をあげてベストイレブンに選出。チームが2度目の優勝を決めた11月22日のジェフリザーブズ戦では決勝ゴールを挙げた[2]。その後も中心選手の一人として活躍を続けたが、2012年シーズン終了をもってSAGAWA SHIGA FCは活動停止となりチームを離れた。
2013年には同じJFLのカマタマーレ讃岐に加入[3]。この年はチームが首位を争うなかで攻撃陣の一角として活躍、リーグ2位進出と入替戦を経てのJ2参入に貢献した。翌2014年は負傷でシーズン序盤を欠場しチームも低迷したが、5月6日の東京ヴェルディ戦で11年ぶりのJリーグ出場を果たす[4]など17試合に出場した。2015年には出場登録メンバーを外れる時期が長く続いたものの、10月下旬にシーズン初先発を果たすと奮闘をみせ、チームが残り試合を無敗とする復調の原動力となった。
2017年シーズン末に讃岐から契約満了通告を受け[5]、 同年12月に行われたJリーグ合同トライアウトに出場した[6]が、新たな所属チームを決めることは無かった。 2018年1月、現役引退と、大宮アルディージャの地域プロデュース部U-12コーチに就任することが発表された[7]。
所属クラブ
[編集]- 三菱養和清瀬SS
- 三菱養和SCJrユース
- 2000年 - 2002年 帝京高校
- 2002年 浦和レッドダイヤモンズ (強化指定選手)
- 2003年 - 2005年 大宮アルディージャ
- 2006年 - 2012年 佐川急便東京SC/佐川急便SC/SAGAWA SHIGA FC
- 2013年 - 2017年 カマタマーレ讃岐
個人成績
[編集]国内大会個人成績 | |||||||||||
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年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2003 | 大宮 | 32 | J2 | 1 | 0 | - | 0 | 0 | 1 | 0 | |
2004 | 30 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 0 | 0 | |||
2005 | 26 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |
2006 | 佐川東京 | 11 | JFL | 22 | 2 | - | - | 22 | 2 | ||
2007 | 佐川急便/ SAGAWA SHIGA |
27 | 8 | 0 | - | 0 | 0 | 8 | 0 | ||
2008 | 20 | 30 | 4 | - | 1 | 0 | 31 | 4 | |||
2009 | 34 | 10 | - | 1 | 0 | 35 | 10 | ||||
2010 | 28 | 1 | - | 1 | 0 | 29 | 1 | ||||
2011 | 29 | 4 | - | 1 | 0 | 30 | 4 | ||||
2012 | 23 | 2 | - | 3 | 0 | 26 | 2 | ||||
2013 | 讃岐 | 8 | 30 | 3 | - | 2 | 0 | 32 | 3 | ||
2014 | J2 | 17 | 0 | - | 1 | 0 | 18 | 0 | |||
2015 | 6 | 0 | - | 0 | 0 | 6 | 0 | ||||
2016 | 8 | 0 | - | 0 | 0 | 8 | 0 | ||||
2017 | 4 | 0 | - | 0 | 0 | 4 | 0 | ||||
通算 | 日本 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |
日本 | J2 | 36 | 0 | - | 1 | 0 | 37 | 0 | |||
日本 | JFL | 204 | 26 | - | 9 | 0 | 213 | 26 | |||
総通算 | 240 | 26 | 0 | 0 | 10 | 0 | 250 | 26 |
その他の公式戦
- 2014年
- J2・J3入れ替え戦 1試合0得点
- Jリーグ初出場 - 2003年10月11日 J2第38節 川崎フロンターレ戦(埼玉スタジアム2002)
代表歴
[編集]- 1999年 U-15日本代表
- 2000年 U-16アジアユース代表
- 2001年 2001 FIFA U-17世界選手権代表
- 2002年 U-18日本代表
タイトル
[編集]- チーム
- 個人
- JFL ベストイレブン (2009年)
脚注
[編集]- ^ 2007年は「佐川急便SC」
出典
[編集]- ^ 『2008 第10回日本フットボールリーグ公式記録』日本フットボールリーグ事務局
- ^ 『2009 第11回日本フットボールリーグ公式記録』日本フットボールリーグ事務局
- ^ “新加入選手のお知らせ”. カマタマーレ讃岐. 2013年10月8日閲覧。
- ^ “Jのピッチに帰ってきた大沢朋也「自分の持っているモノをチームのために発揮していきたい」(2014年5月10日)”. サッカー専門新聞ELGOLAZO web版 BLOGOLA. 2015年12月23日閲覧。
- ^ “讃岐、クラブ支えたFW木島良輔(38)、MF山本翔平(35)含む5選手との契約満了を発表”. ultra-soccer (2017年11月24日). 2022年12月10日閲覧。
- ^ “【一覧リスト】2017「Jリーグトライアウト」に107人参加 FW21人、MF40人、DF34人、GK12人に”. football-zone (2017年). 2022年12月7日閲覧。
- ^ “讃岐の33歳MF大沢朋也が現役引退、古巣のU-12コーチ就任へ”. ゲキサカ. 2018年1月18日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 大沢朋也 - Soccerway.com
- 大沢朋也 - FootballDatabase.eu
- 大沢朋也 - WorldFootball.net
- 大沢朋也 - Transfermarkt.comによる選手データ
- 大沢朋也 - FIFA主催大会成績
- 大沢朋也 - J.League Data Siteによる選手データ